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飛騨神岡祭
神岡祭りは、高山祭(屋台祭)、古川祭(起し太鼓)と並び「船津の行列祭」と呼ばれる飛騨三大祭です。
平安絵巻を思わせる700人余りの大行列が特徴です。
祭当日には、大津神社、朝浦八幡宮、白山神社の三社でそれぞれに例祭が行われます。
毎年4月第4土曜日に開催され、渡御行列に始まり、夜には還御の大行列が神岡市内を巡回する。

大津神社




三大実録(全国の神社を収録した書物901年に完成)に掲載されていることから、1100年以上経過しているものと推測される。
また、例祭の起源については詳細が不明であるが、渡御行列が始まって300年、祭りが当番制になって160年経過している。
              



朝浦八幡宮




1400年頃、江馬気の要請で、近郊十八ヵ村の奉仕で八幡宮の祭りが始まり、江戸末期、(石神・殿部落)奉仕者からお神輿を、お捻りしたのが起源で以後「お神輿戻し」は、町内安泰神幸祭として執行され、戦後から近年は獅子組が道中何回かお神輿を戻す珍しい場面がみられる。



白山神社




応永13年(1406年)高原郷の領主、江馬蔵人平輝時が加賀國に使者を派遣し、白山神社のご分霊を乞い受け、江馬城の戌亥(北西)の方角に社を建て、城内守護の大神として奉祀したとされている。また、永禄7年4月、甲州武田の家臣、飯富三郎兵衛昌影が江馬城に進軍した折、野尻に居城を築き、白山神社を現在地に奉斉し、深く信仰したと云われている。